2021年1月23日土曜日

シャルル・リッツ「ア・フライフィッシャーズ・ライフ」

 


 前回沢田賢一郎氏のフライキャスティングの本を紹介しましたので、今回は沢田賢一郎氏がキャスティングの指導を受けた、シャルル・リッツの「ア・フライフィッシャーズ・ライフ」について書きたいと思います。

 この本は言うまでもなく、フライフィッシング関連の書籍として世界で最も有名なもののうちの1冊で、フライ・フィッシングのバイブルと言っても過言ではありません。1970年代、1980年代にこの釣りを始めた多くの方は読まれているかと思います。
 私が所有しているものは、1984年にティムコから初版が発行された日本語翻訳版の第3版で、1997年に発行されたものです。このティムコの翻訳版は1972年に出版された最後の改定第4版を翻訳したもので、この改定であの有名なハイ・スピ―ド/ハイ・ライン(以下HS/HL)に関する項が追加されています。
 シャルル・リッツと言えば、HS/HLであり、ペゾン・エ・ミッシェルのバンブーロッドです。

 この本に収録されている内容は、キャスティング技術だけでなく、フライロッドやグレーリング、鱒の釣り方、世界中の釣り師との釣りの思い出など、フライフィッシング全般に関わるものですが、この本を有名にしているのは、やはりHS/HLを中心としたフライキャスティングの技術と、リッツがPPP(Puissane Pendulaire Progressive)と名付けたパラボリック・アクションのバンブーロッドに関する記述だと思います。

 HS/HLテクニックは、1960年代の初めににリッツがアメリカ西海岸のトーナメント・キャスターであるジョン・タランティーノらとの交流により構築したものですが、現代においては何も特別なものではなく、誰もが行っているキャスティングのスタイルです。
 日本では、リッツから沢田賢一郎氏、さらにそのお弟子さんたちへと継承された所謂沢田派のキャスティングスタイルと、ジョン・タランティーノからジム・グリーンやメル・クリーガー、更にスティーブ・レイジェフ、日本では東知憲さんへ継承されたサンフランシスコ派のキャスティングスタイルは、別の流派の様にとらえられていますが、そのルーツは同じであり、つまり現代のフライキャスティングの基本は同じであるという点が面白いところです。

 この本のもう一つの目玉である、パラボリックアクションのバンブーロッドに関しては、ペゾンのPPPを代表する名竿ファリオ・クラブのあの有名な誕生秘話、自転車でロッドティップを追ったことで偶然生まれたという話は、実はこの本には載っていません。

 ちなみにパラボリックアクションというと、曲がりの起点が負荷によらず変わらないロッドアクションとよく言われており、この本にもそのようなことが書かれています。しかし、パラボリックアクションの代表であるファリオ・クラブは、軽負荷からバットが曲がりはじめるというパラボリックアクションの特徴を持っていますが、曲がりの起点は負荷に応じて移動しますので、ペゾンの竿の中では比較的プログレッシブアクションに近い竿と言えると思います。
 フライロッドにはテーパーがついているので、曲がりの起点が全く移動しない竿というのは力学的にありえず、私はそのような竿を見たことがありません。パラボリックアクションは、低負荷で曲がりの起点がティップに近いところからでなく、よりバット側から始まり、負荷を増した時に曲がりの起点の移動距離が相対的に少ないアクションというのが、正確な定義だと考えます。

 この本には多くのモノクロの写真が掲載されており、その中でもリッツがショートロッドで信じられない長さのロングキャストをしている写真は特に印象深いものです。アーノルド・ギングリッチ、アーネスト・ヘミングウェイ、ジョン・タランティーノ、ピエール・クルーズヴォー、レフティ・クレイ、フランク・ソーヤといった今や伝説の人物の写真も掲載されていますし、世界中の釣り場の風景も載っています。

 今敢てHS/HLの理論や技術を学ぶ必要はありませんが、フライキャスティングのメカニズムやフライロッドに興味のある方には、非常に有益な本ですし、フライフィッシングの歴史の一旦に触れる意味でも、読んでおいて損はないと思います。
 この本の日本語版は、2016年に未知谷から新訳の改訂版が発売されており、現在も入手
可能です。

2 件のコメント:

hide さんのコメント...

国分寺派のキャスティングスタイルはどちらかと言えばトミーエドワードタイプ、もっといえば
いにしえのトーナメントスタイル「Stiff Wrist Casting」に類似してると思います。実際にリッツ動画見られたら決着するんでしょうけど、見た方の感想では「全然違う」と評する自体、それは何を意味するのかと邪推したくなりますよね。
そもそも「PPP Super Marvel」はオーストラリアンのハンス・ゲーベッツロイターの為に作られた竿ですが彼のキャスティング自体、バックキャストは横振りですからね。
国分寺卿自体がHS/HLの解釈には苦言めいたニュアンスで発言しているとおり、あまたの宗教が
教祖の手から離れ弟子に伝わる過程で曲解を含め解釈が変わっていってしまうのは世の常。
よく宗教ではファンダメンタルでドグマティックな流派とは言いますがそもそもが曲がっているのなら其れはどうなんだろう?とは思いますいね。

Yoshiharu Utsumi さんのコメント...

コメントありがとうございます。
私よりもhideさんの方が遥かにお詳しいようで、恐縮です。
国分寺派のキャスティングスタイルの伝承の仕方は、いかにも日本的だと思います。私は沢田氏に直接キャスティングの指導を受けたことはありませんが、氏のビデオやキャスティングの教書を見る限り、形を教えるようなことはされておらず、キャスティングの重要なポイントと理論を示されているだけなのですが、皆さん似たようなフォームになっています。理屈を理解してそうなるように体を動かすよりも、形を真似する方が遥かに簡単というのもあるかもしれませんが・・・
リッツのHS/HLは、日本人で実際に目にしたがほとんどいないので、何十年かの間に間違った解釈になってしまったのでしょうね。今のように誰もが動画を見ることができれば、そんな風にはなかったと思います。